映画『葛城事件』から学ぶ(意識高い系の若者に見られがちな誇大妄想のやばさ)
6/18(土)から新宿バルト等で上映されている『葛城事件』。フィクションでありながら実際に起きた無差別殺傷事件を参考にしている。無差別殺傷事件の悲惨さもそうだが、何より恐怖を感じるのは”リアル”な若者を描いているところである。
昭和的な家父長制の父親による抑圧
葛城家の父を演じる三浦友和は昔ながらの家父長的な父親として家庭を支配する。妻を演じる南果歩は子ども想いの優しい母親だが、父の言うことには何も逆らえずに従うのみ。
長男を演じる新井浩文は、父の教えの言いなりになる母を身近に見てきたせいか、どのようにしたら父に評価されるかを気にしながら生きている。次男を演じる若葉竜也は大きな夢を持つが、社会にうまく適応できずに引きこもっている。
積み重なったものが爆発して、家庭が崩壊するという物語はさして珍しいものではないが、この映画を"リアル"なものとしているのは2人の若者である。
「一発逆転して見せますよ」
1人目の若者はこの物語で殺人事件を起こす次男。うまく社会に適応できずに何度もバイトをやめて引きこもる。そんな彼を見て、父は「お前が甘やかしすぎたためだ」と母親に強く当たる。次男は怒りを表に出す事はせずに「いつか一発逆転のでかいことをして見返します」と我慢しながら味方である母親にだけ心を許す。
兄のあっけない自殺を目の当たりにして吹っ切れた次男は「一発逆転をする」と言って、大型の刃物を手にして駅に出かけるのであった。
この映画の一番凄いのは田中麗奈演じる順子の存在
2人目の若者は殺人事件を起こした次男と婚約する田中麗奈演じる順子。主要人物の中では、唯一家族でない彼女は死刑廃絶を訴える団体のメンバーである。
次男が殺人事件を起こしたのは本当の愛情を受けて育たなかったことであり、自分の手によって彼を更生させると誓う彼女。まったくの部外者である彼女はこの映画では何のバックグラウンドも語られないが、死刑廃絶という信念に向かって行動をする女性である。
これだけ聞くとまともな人間のように聞こえるかもしれないが、彼女の存在が一番怖い。死刑という制度が世の中を悪くしていると絶対的に言い切り、次男の死刑判決がほぼ確定しているというだけの理由で自分の家族を捨て、見ず知らずの殺人者と婚約をしてしまう女である。
身近な愛に未来はない、やるなら世界を変える
大勢の人を殺した次男と死刑廃絶を訴える順子。2人の若者は一見似ていないようであるが、考え方はとても似ている。
人の心が動く時は身近だと感じる何かに対して心が動くものである。見ず知らずの国の誰かが戦地で苦しんでいるよりも、隣にいる友が倒れている時に手を差し伸べたくなるのが健常な心のあり方だと思う。
しかし、この映画に登場する次男と順子は身近な存在には心が動かない。世を変えるためには大きな何かを成し遂げる必要があると考える人である。夢は大きい方がいいというが、身近な人間のことを考えられない人間がなにかを変えられるだろうか?
夢だけは大きい若者、そのほとんどが周りに無自覚
次男と順子に似た若者は多く存在する。
・身近な仕事には熱が入らないが夢を語る若手社会人
・バイト先で炎上写真をアップする学生
・家から出ないが、世の中のことを語るネトウヨ
上記の誰もがこの映画の次男や順子と似た存在であり、とてもどこか遠い世界で起こっている出来事とは思えない。
意識が高い、自分は間違っていないと思っている若者の誇大妄想は今後、日本のあらゆるシーンで目立っていくことになるだろう。